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2006年6月15日 (木)

コロサイ書から思う3

コロサイ書

1:9 こういうわけで、私たちはそのことを聞いた日から、絶えずあなたがたのために祈り求めています。どうか、あなたがたがあらゆる霊的な知恵と理解力によって、神のみこころに関する真の知識に満たされますように。

1:10 また、主にかなった歩みをして、あらゆる点で主に喜ばれ、あらゆる善行のうちに実を結び、神を知る知識を増し加えられますように。

1:11 また、神の栄光ある権能に従い、あらゆる力をもって強くされて、忍耐と寛容を尽くし、

1:12 また、光の中にある、聖徒の相続分にあずかる資格を私たちに与えてくださった父なる神に、喜びをもって感謝をささげることができますように。

 祈りはパウロだけに限ったものではありませんが、パウロはコロサイの教会のために心を込めて絶えず祈ったようです。その祈りは霊的な知恵と理解力によって、神のみこころに関する真の知識に満たされるようにという、実に大切な祈りでした。

 私もこのような祈りをしていきたいと思います。当時、偽教師が間違った教えをしていましたし、色々な思想が入り込んで教会も教えにおいて混乱させられそうになっていました。今のように教理の本があるわけでもなく、自分の聖書を持てるわけでもありませんから、教えられたことがそのまま知識として入り込んでくるわけです。
 そこでパウロは人間的な間違った教えを受け入れるのではなく、聖霊によって真の知識に満たされることを祈ったのです。

 正しい知識は正しい行動を生み出す力を持っていますが、間違った知識は間違った行動を起こさせます。
 神様に喜ばれる愛の行動は聖霊に満ちてこそ生まれてくるものです。

 互いに聖霊によって正しい知識を持ち、正しい理解力を満たしていただきたいものです。

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